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三陸海岸周遊

盛岡での仕事の後で、八戸まで脚を伸ばして、三陸海岸周遊の旅をやってきました。

【金曜日】
午後、八戸出発、八戸線で、鮫駅下車。観光周遊バスが種差海岸まで運行している。種差海岸を見物。広大な牧草地の様な海岸の広場を見物。八戸線で種市の民宿で一泊。

 ここは、ウニとホヤの名産地ですが、時期外れとかで夕食には出ませんでした。夜中に外を見ますと、サーチライトで海辺を照らしています。密猟の監視です。

【土曜日】
 早朝、種市出発、八戸線で久慈到着。北リアス線で宮古へ。
 ここまでの区間は、実は、窓が外側から曇って、外がよく見えませんでした。
 海岸線は海岸段丘のお陰で比較的津波の被害は少なかったそうです。
 宿泊した民宿でも、そのエリアでは船が岸壁に打ち上げられたのと、海岸付近の見張り小屋の崩壊以外は被害がなかったとか。
 甚大な被害が出た田老は電車からは見えませんでした。

 宮古からは(代行でない)バスで、山田を経由して釜石へ。山間部では被害を感じることは無かったですが、入江では復旧工事が進んでいました。釜石駅の周辺の住宅街には津波の被害の様子は見られません。場所による差が大きいようです。
 釜石で昼食。食堂が見当たりません。訊ねると、駅のそばの土産物センターの2階に食堂がありました。外に看板がありませんので慌てました。
 釜石からは南リアス線で大船渡の盛駅へ。リアス線は景色の良い所は徐行します。

 三陸鉄道の線路は鉄建公団が作っていますので、比較的新しく設計もしっかりしているのでしょう、比較的被害も少なく、頑張って復旧させています。
 JR山田線の方は代行バスさえ無いというのはどういうことなんでしょうか?
 大船渡からローカルバスで碁石海岸へ。たまたま国際芸術フェスティバルというのをやっていて、それをちょっと見て、海岸の雄大な景色もちょっと見て、引き返しのバスで、大船渡温泉へ戻って一泊。
 このホテルは、碁石海岸の民宿の経営者が、たまたま温泉を掘り当てていて、日帰り温泉にしようとしていたところで地震に見舞われた。計画中断しとところ、復興関係の予算の支援があって地域の活性化でホテルを建てて7月31日にオープンしたばかり。奇麗で、景色も抜群のホテルでした。
 碁石海岸の広場はオートキャンプ場として整備されていました。流しなどの調理場が個別に真新しく設置されて、風光明媚な観光地の真ん中で快適な感じでした。

【日曜日】
碁石海岸出発。BRT(線路を道路に改修してそこを走るバス)で、陸前高田を経由して気仙沼へ。BRTは、お客は居ませんが、かつて高田駅があった所に停留所があり、そこを経由します。運転手は一本松の説明や、景色の良い所を徐行しながら進みます。
 山間部を走行している間は被害を感じませんが、入江に面した平野部には何もありません。瓦礫も大半が片付けられていますし、草が生えているので、「無い」としか感じません。所々に、家の縁石とかがあってやっとそれとわかります。山手には普通に住宅街が存在しています。
 BRTは半島の付け根の山間地を抜けて、入江を巡ります。入江のエリアにはいると何も無い平地が広がります。
 復旧のプロセスは、堤防の強化と地盤の嵩上げを先ず先に進めています。近くの山を削って、10m以上もある土盛を進めています。それが至る所に見られます。

 気仙沼からBRTで被害の大きかった志津川を経由して内陸の柳津へ。この区間の線路の被害は大きいです。柳津から電車で前谷地で乗り換えて石巻へ。
 気仙沼の乗り換えの時に、朝だったのですが、駅員さんに途中で昼食の購入が出来そうかを聴きますと、それは無理とのことで、駅構内のキオスクで昼食を調達、途中のBRTの中で食べました。

 石巻から仙石線で矢本駅へ。ここから先は線路が崩壊したままなので、代行バスで松島海岸駅へ。途中で松島基地を遠望。

 松島と瑞巌寺を駆け足で見物して、松島海岸駅から仙石線で仙台へ。夕方、仙台から新幹線で大宮経由で相模原に戻りました。

【まとめ】
 列車とバスの乗り継ぎは大変でした。車ですと、途中で観光が出来るのですが、1本次の電車(バス)が2時間後とかになり、寄り道ができません。日数をかけても、その価値がありますので、余裕があれば途中下車の旅もありでしょうね。
 景色は良かったです。海岸の岩など、伊豆よりも一回りスケールが大きく見応えがありました。

 津波の被害は場所によって大違い。松島の海岸い近い商店街は床上浸水はあった物の崩壊はしていません。
 三陸の海は世界有数の漁場といことで、沢山あるリアス式の入江の各々に漁港があります。各々の地形の違いで被害の状況が異なります。30mに達するかという場所とか、数m程度の比較的軽微なところもあります。入江の形状が影響しているのでしょう。ラッパのように開いていると多くのエネルギーが凝縮されてしまいます。
 これまでの経験とかを合わせると、被害は想定できたのにと悔やまれます。

 改めて、震災時のビデオをYoutubeで見ますと、津波が来る、と町内放送で呼びかけているのに、津波を海岸で見物している人がいます。逃げるのも、最初はさほど慌てていません。人間の反応とはこんなものなんでしょうか?

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コメント

津波の威力は知識で知っていても、大震災の際の津波の大きさは想定外だったのでしょうね。
TVの映像では現実に起きていることとは思えない凄さでした。これはフィクションだと思いたかったです。
漁港などは仕方ないにしても、住居は山を削ってでも高台に移すとか根本的な解決を図って欲しいです。

投稿: taka | 2014年8月27日 (水) 09時53分

takaさん。
全くのよそ者の見解ですが、低地の惨状を見ますと、どうしてそこに住んでいたのだろう、と憤りすら感じます。世界有数の漁場なので、生産性が高いのはわかりますが。
 職住分離は良いでしょうね。山を削って低地を埋め立てていますので、全体として住居地域は広がると思います。
 山側から、住宅商業ー田畑ー堤防ー港湾 がバランスが良いと思いますが、低地を全部埋め立てています。元の海岸近くの 住居-商業地域 を復元するつもりでしょうか?

 

投稿: 城ヶ崎-見習い2号 | 2014年8月27日 (水) 19時47分

【震災地を見ますと胸が熱くなります】

陸前高田、南三陸、山田町、気仙沼と徐々に復興は進んでいますが
遅すぎますね、行政の特例措置というのは該当しないのかしら、混乱時は仕方ないですが
高台移転もままならないらしい、現状を高台化するか避難建物を作るかやってもらいたいね
総論賛成各論反対に福島原発放射能問題もあります、強いリーダーが現れて欲しい

投稿: しいたけ | 2014年9月 1日 (月) 07時39分

瓦礫が目立たないように処理されています。言われないと悲惨な現場だと気付きません。
 総じて、山を崩して、低地を嵩上げしていました。すご〜く時間とお金ががかかる感じです。結果として、高台が広がるので、大局的には良い方法の一つだとは思いますが。
 漁港では仕事が動いているようですし、もう少し、早くことが進む方法は無いものでしょうかね。出来上がっても元の人が帰って来なければ、何が目的かわからなくなります。
 

投稿: 城ヶ崎-見習い2号 | 2014年9月 1日 (月) 21時40分

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